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石碑 森川許六墓所

 許六は、明暦2年(1656年)8月14日の生まれ。本名を森川百仲といい、禄高300石。通称を五助、五老井・菊阿佛・無々居士を号した彦根藩士である。

 代々、武術指南役を務める武術の達人だった。屋敷は、彦根のNTTの辺りにあった。現在、『森川許六屋敷跡』の石碑が建っている。
 「許六」の名は、彦根藩士としてではなく「蕉門十哲」の一人としてよく知られている。「蕉門十哲」とは、芭蕉の門人の代表的な10人のことをいう。
 「許六」の号は「六芸に秀でたる才人」と芭蕉がつけたといわれている。事実、井伊家菩提寺龍潭寺の襖絵(56面)は許六の作と伝わり、剣は正法念流、槍は宝蔵院流の奥義をきわめ、俳諧、書、画、篆刻、彫刻、能、茶にいたるまで多才であり、俳諧は芭蕉が師となり、絵は許六が師となったという逸話も残っている。
 許六の晩年は病床にあり、五老庵で、諷吟、編著に情熱をかたむけ、一日として筆を置くことはなかったという。正徳5年(1715年)、60歳で亡くなる。

石碑 森川許六墓所

滋賀県彦根市立花町