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旧彦根藩足軽組屋敷 善利組・北川家住宅

北川家住宅は、旧芹橋10丁目中ほど、表通りの東南側に位置しています。天保7年(1836年)に作成された「御城下惣絵図」では、間口が5間、奥行きが10間の敷地として描かれていますが、現在は、西隣の敷地を入手し、間口は2棟分で10間となっています。

 今回指定する建造物は、敷地北側に建つ1棟としています。この主屋は梁間が4間半、桁行が5間の切妻造り・桟瓦葺・平入の形式となっています。その間取りは基本的に「ざしき」「げんかん」「なんど」「だいどこ」の4室に「おもてげんかん」が突出して付き、表通り側に土間が設けられている典型的な足軽組屋敷の平面形を持っています。奥に4畳半の居室が設けられていますが、これは江戸期以降に増築されたと考えられます。
 平面構成は、棟筋を境に分けて考えることができます。棟筋南側は「ざしき」「げんかん」「おもてげんかん」といった接客空間、棟筋北側は「なんど」「だいどこ」といった日常空間になっています。「ざしき」には床を設けているものの、長押はなく、胴差しが露出しており、「なんど」「げんかん」「だいどこ」の上部には「つし」が設けられています。
 主屋の入口は道路から木戸門を入り、左手に折れたところに、日常的に使われる引き戸の入口が設けられています。木戸門を入って突き当りにも「げんかん」「ざしき」へといたるための正式な入口である「おもてげんかん」があります。「おもてげんかん」はわずか2畳の空間であり、式台のような形式はとっていませんが、足軽が武士であることを示す造りとなっています。
 仏壇は床の間の並びには設けられておらず、縁側に設けられています。これは足軽組屋敷で散見される独特の構成となっています。
 北川家住宅は、若干の改造があるものの、江戸時代の善利組足軽屋敷の姿を良好に留めており、今後の善利組足軽屋敷の保存と活用に大きく寄与する歴史的建造物です。

旧彦根藩足軽組屋敷 善利組・北川家住宅

滋賀県彦根市芹橋