石碑 米惣騒動百姓一揆跡

「米惣」とは米屋惣七のこと。明治3年(1870年)、彦根は悪天候が続き米も不作でした。その上、台風が直撃し堤防が決壊したため、家々が押し流されました。「米惣が池に汚物を投げ込んだから、池の龍が怒った。それも米の値段を釣り上げて金儲けを企んだからに違いない」という噂が領民の間で広がり、これを信じた領民数百人が惣七の店に押しかけて屋敷や家財道具を打ち壊しました。のちに犯人は捕らえられ処刑されることになります。

石碑 米惣騒動百姓一揆跡

所在地滋賀県彦根市京町