徳川家康が陣した雨壺山

 長久寺の裏手を登ると石碑などが立つ広場に出ます。左手へ進むと東屋があり、展望台となっています。その脇に説明板があり、彦根城や佐和山城が望めます。

 慶長5年(1600年)9月15日、石田三成と徳川家康が戦った天下分け目の合戦が、美濃国関ヶ原でありました。
 敗れた三成は、伊吹山の麓を伊香郡古橋(長浜市木之本町古橋)に向かって逃走しますが、勝った家康は三成の居城である佐和山を攻撃します。佐和山城には、三成の父・政継と、兄・正澄が籠城していましたが衆寡敵せず17日に落城してしまいます。
 この佐和山城攻撃を、徳川家康は雨壺山から指揮したと言われています。今も山の北端から、伊吹山を背景にして、佐和山城が遠望できます。

徳川家康が陣した雨壺山

所在地滋賀県彦根市後三条町