前谷酒店 酒舗まえたに

滋賀のこだわり地酒専門、県内15蔵の正規蔵元特約店です。 旧街道(彦根道、朝鮮人街道)沿いに位置し、蔵を改装した店舗で創業百余年。志を持った蔵元から、技術と愛情の詰まった手造りの本当に美味しい高品質な

グラススタジオ ステラーG.

酸素バーナーを使って耐熱ガラスを加工しオブジェ・器・アクセサリーを制作しています。 営業時間内はいつでもご見学いただけます。体験教室及び酸素バーナー技術を学んで、作品を製作する教室も行っております。

国登録有形文化財 まちやの宿 本町宿

江戸時代の町家を改装した宿泊施設です。城下町の風情を残す町並みの中の歴史的建造物にお泊りいただけます。

チョークアートCafe&Bar 伊沙羅

酒蔵 ひのや

彦根市の郊外で地酒の販売をしている酒蔵ひのやです。 滋賀県の美味しいお酒をお探しではありませんか? ここでしか手に入らない特別なお酒『人々の絆』をはじめ、 酒蔵ひのやでは自信をもっておすすめする滋賀

ひこねスカイアドベンチャー

●アスレチック 命綱をつけて地上8mの高さで18のミッションに挑戦! 大きな丸太、そそり立つ壁、グラグラ揺れる板やロープ コースの最後にはハイスピードで滑りぬけるスライダーも登場します。 自分を信じて

石碑 小野小町塚

小野小町の父親とされる小野小町塚小野美実(好美)が都から出羽国(現在の秋田県、山形県)へ赴任する途中に小野宿(滋賀県彦根市)で宿泊した際、宿所にいた赤ん坊があまりにも可愛かったため、養女として迎えたと

歌碑 琵琶湖周航の歌 歌碑

琵琶湖周航の歌の5番に登場する彦根。 1~6番の歌碑のうち最後にできた歌碑で、平成17年に設立されました。 5番の歌詞を見ると、作詞者の小口太郎ら旧制第三高等学校(現・京大)ボート部のメンバーが周航中

石碑 旭の森 石碑

旭森小学校の西側に「旭の森」と書かれた石碑があります。 大正6年(1917年)11月14日から、湖東地方いったいに陸軍の特別大演習というのがありました。 その時、大正天皇が彦根に来られ、その演習の様子

彦根市子どもセンター

次世代育成支援の拠点として、子育て支援と青少年健全育成のために、乳幼児から18歳までの子どもたちの健やかな成長を支援する施設です。

彦根市金亀公園

彦根市金亀公園は、国宝・彦根城や名勝・玄宮園の直ぐ近くに立地し、歴史を感じることができる公園です。 園内には、大型遊具や競技施設などもあり、休日は多くの人で賑わいます。

彦根市荒神山公園

彦根市荒神山公園は、荒神山の麓にある自然に囲まれた緑あふれる公園です。 園内には、遊具広場や競技施設など、遊べる施設が盛りだくさん! 市街地の喧噪から離れた荒神山公園で、のんびりとした一日を過ごしませ

石碑 井伊直憲公顕彰碑

井伊直憲は、大老・井伊直弼の嫡子です。萬延元年(1860年)、桜田門外の変で父・直弼が非業の死を遂げた後を受け、直憲は弱冠13歳で旧彦根藩最後の藩主となりました。 就任当初は従前どおり幕府譜代大名筆頭

平田川沿いの桜

彦根城周辺の桜は有名ですが、こちらもとてもきれいです。 彦根城周辺の桜の品種は「ソメイヨシノ」がほとんどで、4月上旬に見ごろとなりますが、平田川沿いの桜の品種は「八重桜」が中心で、4月中旬頃に見ごろを

石碑 森川許六屋敷跡

森川許六は、江戸時代前期から中期にかけての俳人、近江蕉門。蕉門十哲の一人。名は百仲。字は羽官。旧彦根藩の藩士で、森川与次右衛門の子として生まれました。絵師でもあった。通称は五助・金平で、五老井・菊阿仏

彦根八景

彦根市は市民に募集し「彦根八景」を平成7年5月1日に選定しました。市民が愛し、親しんでいる景観、21世紀に向けて後世に残しておきたい景観、観光客の皆さんにおすすめする観光地という基準で決められたもので

ヴォーリズ建築 日夏里館

旧日夏村役場と産業組合合同庁舎として、昭和10年(1935年)に建設された建物で、昭和25年に日夏村が市に編入合併された後、平成13年までは建物の一角にJA東びわこ日夏支店が入っていました。閉鎖以降は

ヴォーリズ建築 旧彦根高等商業学校外国人教師住宅

滋賀大学の近くの彦根城の内堀と中堀に挟まれたところにヴォーリズ建築があります。 元々は、旧彦根高等商業学校(現・滋賀大学経済学部)の外国人教師の住宅として、ヴォーリズの設計で大正13年(1924年)に

ヴォーリズ建築 滋賀大学陵水会館

陵水会館は、滋賀大学経済学部の構内にあるヴォーリズ建築です。昭和13年彦根高等商業学校の同窓会館として、高商の学生が「集団勤行」で埋め立てた壕の上に建設されました。左右対称の木造2階建で中央にベランダ

石碑 朝鮮人街道

朝鮮人街道は、野洲の行畑(現在は小篠原)で中山道から分岐し、琵琶湖近くを通り、近江八幡や東近江を経て彦根で再び合流します。その名は江戸時代、外国使節団である朝鮮通信使が現:ソウルから江戸まで訪れる際に

市指定文化財 旧広田家住宅

江戸時代には、この付近は「下魚屋町」といい、町名が示すとおり魚屋が立ち並んでいました。この旧広田家は「納屋七」という屋号でよばれ、魚問屋を営んでいました。 主屋の規模は桁行・梁間とも15.5m。桁行側

景観重要建造物 奥野家住宅

旧魚屋町の東端に位置し、魚屋町通りを代表する最大級の町屋の建造物です。 江戸時代は郷宿を、明治時代から昭和30年ごろにかけて醤油の製造販売業を営んでいました。安政2年(1855年)の「普請見舞帳」から

景観重要建造物 村岸家住宅

彦根道にある「七曲がり」の屈曲部分に面する江戸時代後期を代表する町屋の建造物で、城下町の歴史的景観を先導する建物です。 主屋は桁行が9.2m、梁間が14m、切妻平入り、桟瓦葺2階建て。 入り口には潜り

登録有形文化財 滋賀大学経済学部講堂

この建物は、旧彦根高等商業学校講堂として建てられました。 彦根高等商業学校は、大正12年に開校し、講堂は翌年竣工しました。木造2階建て、講堂と大教室とからなり、内部には重厚な中央ステージと2階三方にギ